🧾 基本プロフィール
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 四股名 | 照ノ富士 春雄(てるのふじ はるお) |
| 本名 | ガントルガ・ガンエルデネ |
| 生年月日 | 1991年11月29日 |
| 出身地 | モンゴル・ウランバートル |
| 国籍 | モンゴル(日本国籍取得後は帰化) |
| 所属部屋 | 伊勢ヶ濱部屋 |
| 身長 | 約192cm |
| 体重 | 約177kg(現役時・時期により変動) |
| 初土俵 | 2011年1月(19歳) |
| 横綱昇進 | 2021年7月場所後 |
| 得意技 | 右四つ、寄り、上手投げ、上手出し投げ |
| 番付最高位 | 横綱(第73代) |
📅 経歴タイムライン
🌱 入門前・少年時代
照ノ富士はモンゴルの首都ウランバートルで生まれた。幼少期から体格に恵まれ、モンゴル相撲(ブフ)に親しんだとされる。2010年ごろ、伊勢ヶ濱部屋にスカウトされ来日。19歳という年齢で角界入りを果たした。
🚀 急成長と大関昇進(2011〜2015年)
2011年1月に初土俵。その後、驚異的なスピードで番付を駆け上がり、2015年7月場所後に大関へ昇進した。大関時代には複数の幕内優勝を達成し、次期横綱の最有力候補として名声を高めた。この時期の照ノ富士は右四つからの強烈な寄りと、重心の低い安定した相撲で、多くの横綱・大関を圧倒した。
💔 転落——地獄の谷底へ(2016〜2019年)
しかし、栄光の日々は長く続かなかった。膝の深刻な怪我(両膝の靭帯損傷)に加え、腎臓病・糖尿病などの深刻な疾患が重なった。休場が相次ぎ、番付は急落。2019年には序二段にまで陥落するという、大相撲史上でも類を見ない「転落」を経験した。多くの関係者やファンが現役引退を覚悟した時期だった。
🔥 奇跡の復活(2020〜2021年)
2020年以降、徹底的な体の管理と治療、そして不屈の精神で番付を急速に回復させた。2020年1月場所で幕内に復帰し、同年7月場所(無観客場所)での優勝を皮切りに、連続して優勝争いを制した。そして2021年7月場所後、横綱審議委員会の満場一致の推薦を受け、第73代横綱に昇進した。
大関から陥落し序二段まで転落したのちに横綱まで昇り詰めたのは、相撲史上照ノ富士ただひとりである。
👑 横綱時代(2021年〜)
横綱昇進後も膝の状態と相談しながら出場を重ね、場所ごとに優勝・準優勝を争う活躍を続けた。一方で慢性的な膝の状態から休場場所も多く、横綱としての出場率という課題を抱えながら土俵に立ち続けた。2020年代の大相撲において、実質的な「唯一の横綱」として長期にわたり土俵を支えた。
📊 主要成績・統計
📈 各階級での主な成績
| 時期 | 番付(最高) | 主な出来事 |
|---|---|---|
| 2011年1月 | 序ノ口 | 初土俵 |
| 2013年ごろ | 幕内 | 幕内昇進 |
| 2015年7月場所後 | 大関 | 大関昇進・複数回優勝 |
| 2017〜2019年 | 幕下〜序二段 | 怪我・疾病による大幅陥落 |
| 2020年 | 幕内復帰 | 1月場所で幕内復帰。7月場所で幕内優勝・復活を印象づける |
| 2021年7月場所後 | 横綱 | 第73代横綱昇進 |
| 2022〜2025年 | 横綱 | 優勝を重ねながら膝の状態と折り合う |
🥋 得意技・取り口の徹底分析
右四つからの圧倒的な寄り
照ノ富士の最大の武器は右四つ(右が内側)での組み止め力だ。一度右の前みつ(まわしの前の部分)を取ると、ほぼ勝負は決まる。体重約177kgの巨体を低く沈めながら相手を押し込む「寄り」は、多くの力士が正面から対応できない。
上手投げ・上手出し投げの破壊力
上手(まわしの外側の握り)を引き付けてからの上手投げは、相手にとって防御が難しい技だ。特に相手が引いたり崩れた瞬間に繰り出す上手出し投げのタイミングは秀逸で、「引き技に見せて実は崩す」という高度な展開を自然体でこなす。
立ち合いの圧力と圧倒的な下半身
膝の状態が悪化する以前は、立ち合いで当たり勝つ場面が多かった。全盛期の照ノ富士は「当たってから組む」という王道相撲の体現者であり、軽量・速足の力士を含めて力と体重で封じ込めた。晩年は立ち合いの鋭さより「組んでからの強さ」が際立つスタイルに変化した。
精神的な強さ——大事な場面での集中力
数字に表れにくいが、照ノ富士の強みとして忘れてはならないのが「千秋楽・優勝決定戦での勝率の高さ」だ。大事な一番を落とさない集中力は、極めて過酷な復活劇を乗り越えてきたメンタルの強さに裏打ちされている。
| 技・特徴 | 評価(★5段階) | コメント |
|---|---|---|
| 右四つでの寄り | ★★★★★ | 現役力士中トップクラス |
| 上手投げ | ★★★★★ | 体重と腕力の合力が凄まじい |
| 立ち合いの圧力 | ★★★★☆ | 全盛期は★5、晩年は膝の影響あり |
| 土俵際の粘り | ★★★★☆ | 踏ん張りから逆転も多い |
| 変化・引き技 | ★★☆☆☆ | 本人が多用しない「正攻法」派 |
| 精神的強さ | ★★★★★ | 土俵外の苦しさを乗り越えた証 |
🔍 他の横綱との違い——照ノ富士だけが持つもの
相撲史には数多くの名横綱が存在するが、照ノ富士の横綱昇進は前代未聞のルートをたどった唯一のものだ。ここでは近年の横綱と比較しながら、照ノ富士が特別である理由を分析する。
| 横綱 | 昇進前の最低番付 | 昇進までの特徴 |
|---|---|---|
| 照ノ富士(73代) | 序二段(大関経験後に陥落) | 複数疾患を克服。史上唯一の序二段転落→復活横綱 |
| 白鵬(69代) | (ほぼ一直線に昇進) | 史上最多優勝45回。安定した昇進ルート |
| 鶴竜(71代) | (大関から昇進) | 技巧派・安定した成績で昇進 |
| 稀勢の里(72代) | (大関から昇進) | 日本出身力士として久々の横綱。負傷後引退 |
白鵬・鶴竜・稀勢の里らは「大関→横綱」という一般的なルートをたどった。照ノ富士のみが「大関→序二段(幕下以下)→横綱」という、相撲の歴史で誰も歩んでいない道を切り開いた。
「病気との共存」という前例のない課題
多くの横綱は「怪我」と戦ってきたが、照ノ富士は慢性疾患(腎臓病・糖尿病)と長期的に共存しながら横綱として土俵に立ち続けたという点で独自の存在だ。これは精神力だけでなく、日々の食事管理・体調管理・医療チームとの連携なくしてありえない。横綱の「横綱相撲」という言葉は強さを意味するが、照ノ富士の場合は「健康管理の横綱」という側面もある。
❌ よくある誤解——照ノ富士についての3つの勘違い
誤解①「序二段まで落ちたのは実力がなかったから」
実力の問題ではなく、膝の靭帯損傷・腎臓病・糖尿病など深刻な疾患が重なったことによる休場・出場停止が原因だ。照ノ富士は番付が落ちている間も「強さ」は変わっておらず、体が動ける状態になれば直ちに高勝率を記録している。
誤解②「膝が悪いから相撲は雑になった」
晩年の照ノ富士は確かに立ち合いの爆発力は落ちた。しかし「組んでからの技術・力強さ・精神力」は衰えず、むしろ技巧的に進化した面もある。膝が悪い分、組んだ後の「持ち力」と「判断力」で勝つスタイルに磨きがかかっている。
誤解③「モンゴル出身だから強いのは当然」
モンゴル出身力士が多く活躍しているのは事実だが、照ノ富士の復活劇は出身国では説明できない。モンゴルから来た多くの力士が日本の相撲の壁にぶつかり、幕内に定着できないまま帰国する。照ノ富士は「モンゴル出身である」以上に、個人の資質・努力・環境への適応力が抜きん出ている。
🏅 遺産——相撲史における照ノ富士の位置づけ
「復活横綱」として語り継がれる存在
照ノ富士の物語は、スポーツを超えた普遍的なテーマを持つ。「どれだけ転落しても、意志があれば頂点に戻れる」というメッセージは、相撲ファンだけでなく広く社会に届いた。メディアや書籍でも取り上げられ、彼の復活は日本のスポーツ文化における象徴的なエピソードとなっている。
令和の大相撲を支えた「孤高の横綱」
白鵬・鶴竜・稀勢の里といった先代横綱が相次いで引退したあと、照ノ富士はしばらく「唯一の横綱」として土俵を維持した。休場が多い中でも横綱として存在し続けたことは、大相撲の品格を保つ上で欠かせない役割だった。
後輩への影響
伊勢ヶ濱部屋からは若手有望力士が育ち、照ノ富士の存在が部屋の雰囲気に与える影響は大きい。また、幕内・十両の若手力士が「照ノ富士の復活劇」を目標・励みにしている事例は多く伝えられている。
❓ よくある質問(FAQ)
照ノ富士の本名は何ですか?
本名はガントルガ・ガンエルデネ(モンゴル語: Gantulga Ganerdene)です。モンゴル・ウランバートル出身で、日本に来てから「照ノ富士春雄」の四股名を名乗るようになりました。
照ノ富士はなぜ序二段まで落ちたのですか?
主な原因は両膝の深刻な靭帯損傷です。さらに腎臓病・糖尿病などの慢性疾患が重なり、長期休場を余儀なくされました。相撲の番付制度では休場場所が続くと番付が下がるため、病気と怪我の影響で大関から序二段近くまで転落しました。
照ノ富士の優勝回数は何回ですか?
幕内最高優勝は通算10回以上を達成しています(時期によって更新されている可能性があります)。大関時代・横綱時代にわたる複数の優勝が含まれ、その優勝回数は日本の令和相撲を象徴する数字です。
照ノ富士の所属部屋と師匠は誰ですか?
所属は伊勢ヶ濱部屋です。師匠の伊勢ヶ濱親方(元横綱・旭富士)のもとで育ちました。伊勢ヶ濱部屋は東京に位置し、同部屋からは複数の幕内力士が輩出されています。
照ノ富士の得意技は何ですか?
得意技は「右四つからの寄り」「上手投げ」「上手出し投げ」です。右を内側に差して相手のまわしを取り、低い重心で押し込む相撲が基本スタイル。体重と力強さを生かした「正攻法」の相撲が持ち味です。
照ノ富士はなぜ休場が多いのですか?
現役時代を通じて膝の状態が万全でないことが多く、特に横綱昇進後も両膝の慢性的な痛みを抱えながら出場していました。横綱には「休場より引退」が求められる厳しい慣習がありますが、照ノ富士は治療・休養と土俵復帰を繰り返しながら現役を続けました。
照ノ富士と白鵬、どちらが強いですか?
単純比較は難しいですが、白鵬は幕内最高優勝45回という史上最多記録を持ち、安定性・記録では上回ります。一方、照ノ富士は復活の劇的さ・体調不良を抱えながらも優勝を重ねた「条件の厳しさ」という点で独自の評価がある力士です。全盛期の白鵬との直接対決では白鵬が勝ち越しています。
照ノ富士の引退はいつですか?
2026年3月時点での公式な引退発表はありません(または最新情報をご確認ください)。膝の状態との相談で休場・出場を繰り返しており、現役続行か引退かは本人と部屋の判断次第です。
幕下から横綱になったのは照ノ富士だけですか?
はい、相撲史上ただひとりです。大関経験者が序二段(幕下以下)に陥落し、そこから再び横綱に昇進した例は前例がありません。この記録は今後も長く「唯一の記録」として語り継がれるでしょう。
照ノ富士の日本語はうまいですか?
来日から10年以上が経ち、